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平和像の上空に 秋は来ていた 献花の山に降りてきた秋が 風を起こすと
あの日のにおいがした
においを嗅ぐたびに
傷は赤い口を開けた
8 月 9 日午前 11 時 2 分は 毎年新しくやってきて
人を老いさせる
あ・鳩が
鋭く天を突き上げた人さし指に
“和代”と気合を入れて
名付け 待っていた赤子には 両眼がなかった
眼窩は蒼い影をつくっていた 透きとおる白い肌の子だった 深い沈黙の色であった
蠟をひいたような艶やかな肌は 一層 沈黙を引き立てた 彼女はこの世で暫くの間 やさしく 泣いた
やがて 糸を引くように 細く泣き止んだ
泣くことしかなかった
人はその淋しい声を
聴くことしかできなかった 泣くことと
聴くことの間には
毛すじ一本も隙間はなかった 泣くことと 聴くことは 組んず念ずして
絡まり 抱き ひとつであった 息さえかかるひとつというのは 毎年激しく人を生き返らせる
瞑黙する平和像の指先で
鳩は彫像のように動かない
深い蒼穹は
明るい瞳のように見開いている
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