「創造教室」 高木光茂

ペータは鳥が群れをなして飛ぶ光景を見ていました。
 また、一羽の鳥が飛ぶ姿はとても綺麗で力強いと思いました。
 飛んでいる鳥の目から見た、オレンジ色の空と大地はとても美しいものでした。
 そして、生きているという事は美しくて貴いと思うのです。
「今日の授業は、これでおわりです」
 アカシア先生が告げて、教室は白い部屋となりました。
 生徒達は疑似世界をそれぞれの視点で体験をしていたのです。
 その日、先生は宿題を出しました。
「新しい生き物を考えてきてください」って。今までに勉強してきた虫や魚や鳥などを参考にして、それぞれの種類の決まりに従って生き物を考えてくるのです。
 ペータのノートは新しい生き物の絵でいっぱいでした。
 だから問題があるのよ。
 一つだけなんだって。
 先生に出す宿題には一つの生き物だけ。
 わたしの考えてた動物たち。あれも、これもみんなかわいい。
 でもひとつだけなんだ。えらべないよう。
 だから……鳥ともぐらを合体させた。
 鳥が一番好きだから、頭を鳥にしてみた。
 猛禽類の鷹とか鷲の頭に胴体や手足はもぐら。
 なんでもぐらかって? かわいくて強そうでしょ?
 やってみると、鳥の頭だと鋭すぎて変だった。
 ならば、クチバシも丸く太くする。
羽は変だからなしにする。
 えっ待って? それじゃあ飛べないじゃないの。
 もう、普通の鳥にしようかなあ。
 そう思ってノートを見直していたとき、小さいけれど確かに声が聞こえたんだ。
(生きたい)って。
 もうこの生き物は私の中で生まれはじめている。
ううん。もう生きている。
 この鳥は飛べないのだろう。いえ、鳥ではなくなってしまうのかも知れない。
(でも飛ぶように)心に再びこの子の声が聞こえた。
 水の中を泳ぐ。ううん、飛ぶんだ。
 なら、かわうそのように足を太く。もっと太く強く。指の間に水かきをつけて。
 頭も鴨のように。もっともっとずんぐりにする。くちばしだって、太く大きく。
 なんだか変だけど、かわいい。でも、見かけよりずっと強そう。
 それに綺麗だと思う。
 うん。できたよ。
 ペータの絵が教室のボードに張り出された時、教室は爆笑の渦となりました。
 しばらくして、クラス委員のミカエルが笑いすぎて流れてしまった涙をふきながら言いました。
「これはモグラなのかい? 鴨?というか鳥なのかい? かわうそじゃないよね? そのどれかみたいだけど、どれでもない」
 そして、
みんなは言われた通りに生き物の種類に従って作ってきてるんだよ。ほら」
 ミカエルは周りにいる子らを促しました。
 みんなは、それぞれに白いねずみやちょうちょなど、一目で種類がわかる絵をかかえています。絵を得意げにペータに見せている子もいます。「へへん」という顔をした子もいました。
 そしてメルという女の子が
「そんな化け物みたいな生き物なんておかしいよ。変だよ」
と言いました。
 教室の子のほとんどがうなずいています。
 ダンという子が言いました。
「この美しい世界にそんなみにくい変な生き物はいらない!」
 そういうと教室の中央に浮かぶ青い球体を指さします。
 そうです。
 これから新しい世界が創られ、星が置かれるのです。その星は地球と呼ばれます。彼らが成長したときに、地球へ行って生きて様々な経験をするのです。
 地球には人間だけではなく様々な生き物がいます。
 大人の人達が、地球だけではなくそこで生きる生物を創りあげているのです。
 この宿題はそのお手伝いでもありました。
 優れた生物は実際に創られ地球に送られることになっています。
 ペータはそれを望んでいました。
(わたしは真剣にこの生き物を創造してきた。この子は可愛いし美しいと思うし、生きていく強さも込めたつもり)
 ペータは顔を上げた。
「みにくくない。変でもない。この子はきっと地球で強く生きていける。そして綺麗よ。わたしは見たもの。感じたもの。この子は水の中を飛ぶように泳ぐわ」
 でも、ペータに届くのは否定する声ばかりでした。やがて、ペータは黙ってしまいました。
 アカシアが、
「授業は終わりよ。皆さんの作品は校長先生にお渡しして見ていただきます」
 そしてペータの方を向いて、
「この作品はどうする? 直すつもりなら特別に校長先生にお願いして、明日まで提出を伸ばしてもらいます」
 ペータは作品を先生に黙って差し出しました。
 アカシアは黙って受け取りました。
 最後の理科の授業が始まりました。
 これからペータたちは一つ上の学校に行きます。
 その前に生徒達が創った作品を評価するための時間があるのです。
 教室にはアカシア先生のほかにエルミ校長がいます。
 今日は特別な校長先生の授業です。
 丸く囲んで座った生徒達の中央に立ったエルミは、
「あなたたちの理科の作品を楽しく見せていただきました。中でも……これ」
 そして、丸めた作品を胸の前で広げてみんなに見えるようにしました。
 ペータは息が止まりそうになりました。
 あの子の絵だったのです。
 周りからは、くすくすと笑い声が聞こえています。
(まず一番駄目な作品からかあ)という声がペータには聞こえたように思いました。
「いやーっ。面白いねぇー。これ」
 ペータを見てエルミは続けます。
「だから、創ってみることにしたんだよ」
 そしてパチンと指を鳴らしました。
 一瞬にして白い部屋は水中の青い色で満たされます。
 そして向こうから黒い点が近づいてきます。
 それは点から影となって猛スピードで、皆の前に迫ってきて通り過ぎきました。
 子供達はその突進を避けるように動いていました。
 また、黒い影が背後から飛び出すと、いつの間にか現れていた魚をくわえて持っていってしまいました。
「ぼくの創った魚が……」
 ペータは息をすることも忘れてそれに見入っていました。
(あの子が生きてる。泳いでる。ううん、飛んでいるんだ)
 映像が変わりました。
 水辺でのそのそと動くのはあの子でした。
 速い動きではないけれど愛嬌があって可愛いとみんなは思ってしまったのです。
「これの名前がまだないですね。わたしがつけてもいいですか?」
 エルミは目を輝かせてペータを見ました。
 ペータは嬉しそうな校長先生の迫力に押されてうなずいてしまいました。
「鴨のクチバシみたいだから略して、カモノハシではどうでしょうか」
 ペータとしてはもっと可愛い名前が良かったのだが、エルミは顔色を察することなどしません。
「じゃあ、決まりですね」
 向こうでアカシアが苦笑いをしています。
「他の皆さんの作品も素晴らしかったですよ。それでも驚きはありませんでした」
 でも、
「カモノハシには驚きました。私たち大人は、新しい世界で生きて帰ってきました。それからも多くの世界を創ってきました。もうそこから新しい驚きなど滅多にありません。知ってしまっているからですね。でも、あなたたちは違います。未熟さは可能性でもある。だから我々を驚かす発想をしてくれるのではないかと思いました。それでも無茶苦茶では意味がない。だから節目の今だから学んだことを活かしつつも、未熟さも発揮していただけるようにとこのような機会を用意させていただいたのです」
 最後に
「皆さん上の学校に行っても、そのことは忘れないでください」
 授業は終わりました。
 教室を出たペータにエルミがそっと、
「たくさんの生き物のアイディアがあるんですってね。アカシア先生から聞きました。だから欲張りなあなたにプレゼントです。特別にもう一種類の生き物を創造してください。また我々を驚かせてくださいね。楽しみにしていますよ」
 ペータは上の学校には行きませんでした。
 そのまま大人達にまじって神の工房で生き物を創造する仕事に就いたのです。
 それも今日で終わりです。
 新しい世界に旅立つときがきたのです。
 地球に産まれるのです。生きた人として。
 そこでは創った生き物を見て触ることができますし、カモノハシだっています。
 ペータはわくわくしています。
 だけど、残念なことに、ここで創った生き物で最高傑作だと思っているサーベルタイガーには会えません。
 それにしても校長先生にカモノハシの仕上げをお任せしたのだけれど、毒針なんか仕込んでしまいました。ほ乳類なのに卵で殖えるという追加の設定はお気に入りなんだけどね。
 ああ、眠くなってきた。
 新しい世界に行く時、ここのわたしは眠ることになるの。
 じゃあね。ばいばい。
 ここに戻ったらもっと凄いの創ってやるんだから。
 亜紀美は研究室の机で目を覚ました。
 なつかしい夢を見ていたような気がする。
「なんだったかな。あーっ。思い出せない」
 適齢期の女性にあるまじきボサボサの髪をボールペンでかきつつ、冷えてしまったコーヒーをすする。
 オーストラリアから帰ったばっかりで論文を書いていて眠ってしまったのだった。
 亜紀美は生物学者としても風変わりで脈絡なく生物を選んで研究してきた。
 今回もカモノハシをたっぷり見てきた。見かけによらずカモノハシの雄には毒針があった。(なんだか違和感あったなあ。あれ、違うというか)
 研究の成果はと言われても何だったんだろうと思うしかない。上司には言えないが。近いうちに何かでっち上げよう。
 唯一の成果といえば、実物大のカモノハシの精巧なフィギュアを手に入れたことぐらいだろうか。
 壁一面にクマムシの拡大された写真が貼ってある。目下の亜紀美の興味はクマムシに移りつつあった。
 ばかでかいサーベルタイガーや珍鳥キウイなどのフィギュアが所狭しと同僚達の居場所を侵略しつつ鎮座していた。なぜかカッパやスカイフィッシュのフィギュアもある。向こうには鵺の日本画もある。要するに妖しいものもありなのである。
「相変わらすだね。ペータちゃん」
 ふと懐かしい声を背後から聞いたようで振り向いてみたが、深夜の研究室には誰もいなかった。